これさえ言わなきゃ子育てがメチャクチャ楽になるたった一つの言葉

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もうすぐ3歳の息子と0歳の娘の二人と日夜格闘している奥さんのサポート役として、及ばずながら四苦八苦している二児の父です。

小さな子供を育ててみてわかったのは

 

あいつらはとにかくすぐ泣くのです。

 

子どもが生まれる前は

「オムツが気持ち悪いから替えてあげればいいんだ」

「お腹が空いたら泣いて教えてくれるんだ」

「夜泣きもたまにはしちゃうことがあるよね」

そんな風にほんわか考えていました。

子育てはそんな生易しいもんじゃねぇ

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子どもは泣くのが仕事とは言うけれど、だとすれば仕事熱心すぎです。

セルフブラック企業め!

泣いてる原因の8割ぐらいは

 

よくわかんないけどなんか泣いてる

 

親としての無能さをもうあえて露呈してしまいましょう。

3年ぐらい一日も欠かさず一緒に過ごしていますが、いまだになんで泣いてるのかよくわからないことの方が多いです。

理由はあるんです。

確かに泣いてる理由はあるんですけど、それは後から考えればっていうだけで、一度泣き始めてしまうと理由なんかわかったって仕方ないのです。

水道から水が吹き出して止まらなくなったら「うーむ、水栓のどこがおかしいのかな?」なんてやらないでしょ?

とにかく水を止めるんです!それと一緒!

子育ての大変さは結局のところ理屈が通じないこと

社会人としてはわりと重宝される「論理立てて考えて、計画して、行動する」っていう能力が子育てにおいてはむしろ邪魔です。

ですが理不尽さを自分の人生からなるべく遠ざけておくべく、一つ一つ納得して前に進めたいタイプの性格、僕のようなおちょこレベルの器の人間はこう言ってしまいます。

 

「なんで⁈」

 

と。

これが要らないんですねー。

ウチではこのワードを言うのは僕だけです。

妻は長男がまだ新生児ぐらいの頃は言っていたような気もしますが半年を過ぎた頃から二人目の娘を育てている今現在もまず言いません。

僕が時たまこのワードを口走りながらイライラしているとこう言われます。

 

「赤ちゃんなんだから仕方ないでしょ⁈」

 

そう、もうそれでいいんです。

解決です。

ここでは「なんで⁈」はマジ無力。

よくわからないものはよくわからないまま扱う

育児書を読むのも大事だし、ネットで調べたり、色んな声を聞いてみたりして何とか納得しようとするのもいいんですけど

よくわからないものを無理やりこじ開けて原因や仕組みを探っても、結局画期的に育児が楽になるわけでもないので

「よくわからない」ものは「そういうもんだ」とラベルに書いた箱に入れておく

そんな扱いでもいいんじゃないですかね。

これは思考停止ともいいますが、夜中の夜泣きの最中、眠くてフラフラになりながら「何で寝ないんだー」なんて原因を子どもや自分に探してみたって、どちらに原因があったとしてもダークサイドに落ちこむだけですよ

だったら「こっちが悪いかもしんないし、こいつが訳の分からんことを主張しているのかもしんないけど、まぁそういうもんだ」と開き直っちゃった方が気が楽になります。

結局機嫌がいいに優るものはない

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「なんで○○なんだー!」と原因を探るということはどこかに必ず悪いものがあってその悪さを誰かが持っているはずだとという「罪と罰」の考え方です。

でも家族ってのは誰か一人が不機嫌になっても嫌じゃないですか?

むしろ「こいつもこいつもどーしょもないけどまぁいっかー」ぐらいのご機嫌さがあれば大体のことは大したことないことばかりです。

最近読んだ記事でこういうのがありました。

会社に必要なのは「やる気のある人」より「機嫌の良い人」 – 幻冬舎Plus

その中でイギリス人作家の言葉を引用していたんですが

「上機嫌は人が着ることができる最上の衣裳である」

まさにその通りですね。

不機嫌の理由なんて深掘りしても何にも解決しないので、

「なんで⁈」思考は後回しにして、家族の不機嫌に対してはご機嫌への最短コースをとにかく進む

今はこれに尽きるんじゃないかと思ってます。

不機嫌を貨幣として認めない

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ですがこの方式には落とし穴もあって、これを続ければ

 

「不機嫌な態度を取れば何でもしてもらえる」

 

というルールが家庭内に出来上がってしまいかねません。

思想家?の内田樹さんもいつぞやの発言で(どこだか忘れてしまいました)

不機嫌を貨幣のように扱い、「これだけの貨幣を払っているんだから対価としてこちらの言うことを聞くべきだ」というような仕組みが家庭内にできると、親父は仕事の不機嫌を持ち帰り、妻は夫と子供に小言という形で不満を表出し、子どもの返事はいつだって生返事、というような状態が出来上がる

というような趣旨のことをおっしゃっていたような気がします。

(内田先生、違ってたらスイマセン)

まとめ

理屈で通じないような年ごろの子どもを育てているうちは「なんで⁈」思考をとにかく排除して、なるべく早くご機嫌に。

言葉で説明できるようになってからは不機嫌というテロには断じて屈しない強い姿勢で臨みたいものです。

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小学校の頃のアダ名は「丸ゴリ」でした。それを知らないハズの奥さんにもことあるごとに「このゴリラ!」とイジられます。今ではゴリラの物憂げな表情に思慮深さと親近感すら覚えます。「あの~、ホラ、ゴリラの人のブログ」で記憶してもらえると幸いです。