大人の男が共にいる難しさ




 

見た人々に何かを感じさせるものがある。

だからこそ一線を走り続けた人達なんだな。

そう感じた「SMAP×SMAP」最終回でした。

 

僕が感じたのは自分でも不思議になるぐらいの共感でした。

大人の男同士が関係を続けるのって本当に難しいです。

 

何をするにも必然的に一緒だった学生時代から社会人になり、まず「仕事」という要素が加わり自由が大幅に効かなくなります。

そしてそこに「パートナー」という要素が加わりやすい時期でもあります。

時間という有限なもののやり繰りが一気に難易度を増します。

また仕事と恋人、恋人と友人、この両立し得るようで相反するものをダブルスタンダードで乗り切るずる賢さが求められます。

さらに歳を重ねればそれぞれの比重が増し、いよいよ自分がコミットしてきたものをおいそれと変更できる時期を過ぎてしまいます。

こうしてどんどん自分の核として持っている『仲間への帰属意識』を犠牲にしないと逆に自分を取りまく生活が回らなくなっていきます。

 

どれもが自分の幸せに貢献すると思って始めたことが枷となって自分を苦しめるんです。

 

SMAPのメンバーもそういったそれぞれが抱えてる枷を全て剥ぎ取りに剥ぎ取ったところでは、未だに、変わらずに通じているような気がしてなりません。

一緒に笑い合った時間がもたらす男同士の親愛の枷だけは男女の気持ちの枷ほど簡単には外せないと思いますよ。

自分がそうですから。










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小学校の頃のアダ名は「丸ゴリ」でした。それを知らないハズの奥さんにもことあるごとに「このゴリラ!」とイジられます。今ではゴリラの物憂げな表情に思慮深さと親近感すら覚えます。「あの~、ホラ、ゴリラの人のブログ」で記憶してもらえると幸いです。