女性のメイクといえば口紅。
口紅といえば赤い。
赤いと言ったらりんご。
りんごと言ったらたべもーの、って違う。
一人マジカルバナナがやりたいんじゃない!
今日は口紅の話。
最近、ジェーン・スーさんのエッセイにハマっていて、まるでanan読者がそこで正しい性の知識を身につけるように、女性の内面について理解ができればなーと思っている所存でございます。
ジェーン・スーさんの著書『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』の一節に
「いつかは似合うようになると信じて、3年に一度は購入しては落胆する、を繰り返すのが赤い口紅。」
といったものがあって、これがけっこう男の自分としてはハッとさせられる話だった。
子供の頃、いつか自分も当たり前に身につけたり嗜むようになるんだろうなぁと、思ってた事って確かにある。
でも実際、もうかなりいい年の大人のはずなのに一向に自分の人生にブラリと寄るどころか、目の前を通りすらしない。
「アレ?」ってなる。
ジェーン・スーさんいわく、女性にとっての赤い口紅とは」もそんなもんらしい。
「え?いつになったら似合うようになるの?まだなの?」って。
そういえば、私にもそんなものがごまんとある。
その一つが『美味しんぼのサラリーマン観』だ。
なんだかしらないけど、私が子供の頃は夕方に大人コミック系の社会派アニメがやっていることが多くて、『美味しんぼ』や『笑うサラリーマン』なんかをよく観てた記憶がある。
それを観ては幼稚園や小学生ながらに「いつかはこんな風になるのかなぁ」なんて思ってた。
こんな風というのはいわゆる『サラリーマン的な夜の付き合い』だ。
劇中に登場する大人はとにかく夜、遊び回る。
ネクタイをはちまきしてどんちゃん騒ぎをしてみたり、
新聞紙みたいに縛った紐で吊るされた何かをお土産がわりに午前様に帰宅。家に入れてもらえずに玄関で寝ちゃうとか。
特に羨ましいなぁと思ってたのが、『バー』だ。
何も語らないバーテンダーの前で、紫煙を燻らし、酒を嗜む。
サラリーマンが一番ダンディになれる瞬間、そこに漂うなんとも言えない色気に幼いながらも憧れたなぁ〜。
自分もいつか都心で働くちょっと冴えないサラリーマンになって、同僚と毎晩飲み歩いて母ちゃんに怒られたり、仕事の疲れを抱えつつ、行きつけのバーで酒に心を癒やされたりするものだと思ってたら
もうアラフォーにもなるというのにそんな機会来やしない。
- チェーン店のメニューしかわからない。
- バーなんて入ったこともないし、作法も全く知らない
- パチンコもやらなきゃ競馬も知らない
ミラノ風ドリア、うまいよね。
ここ最近は特に、いい年の親父のくせにこんなデッカい小学生みたいなレベルの素養でいいのかな、と思ったりもする。
思えば毎週金曜日は欠かさずに飲みに行っていた親父からは
- なんだかうまいもの知ってそうな感
- 怪しいお店も知っていそうな感
こんなのが滲み出ていた。
意外とそういったものが中学生ぐらいになってくると憧れや尊敬の対象になったりして、思春期の粗暴な欲望が溢れてる時も、一線を超えないで踏みとどまるブレーキみたいに作用してた気がする。
そういった大人の素養や色気がごっそり抜け落ちた『おともだちパパ』な自分が、
成長していく子供から「コイツ、つまんね」という烙印を押されないか、
今からちょっと心配してる。